恐怖は、踏み出した足が教えてくれる

恐怖は、踏み出した足が教えてくれる

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「始める」と「始めない」の違いは、どこにあるのだろう。多くの場合、それは能力の差ではない。時間の有無でもない。ただ、恐怖との距離感だけが、その二つを隔てている。

心理学者のスーザン・ジェファーズは、恐怖を「行動の前に存在するもの」ではなく「行動と同時に存在し続けるもの」だと定義した。つまり、勇気とは恐怖がない状態ではなく、恐怖を抱えたまま足を動かせる状態のことを指す。HYROXのスタートラインに立つ人々の多くが口にするのは「不安が消えたから始めた」ではなく、「不安を抱えたまま、とりあえず申し込んだ」という言葉だ。

Photo: Hanna Auramenka / Pexels

一歩目は、何も解決しない

興味深いのは、最初の一歩を踏み出しても、恐怖はほとんど軽減されないという事実だ。むしろ、ジムに足を運んだ初日、初めてスキエルグに触れた瞬間、初めてレースにエントリーした直後——恐怖は具体的な形を帯びて、より鮮明になる。それでも人が続けるのは、恐怖そのものが消えるのではなく、「恐怖を抱えたまま動ける自分」に少しずつ慣れていくからだ。

一歩を踏み出す勇気の正体は、恐怖の不在ではなく、恐怖との共存を受け入れる決断にある。その決断は、壮大なものである必要はない。ただ靴紐を結ぶ、ただ会場の住所を検索する、ただ隣で黙々と動いている誰かの背中を見る——そうした些細な行為の積み重ねが、いつの間にか「始めた人」と「始めなかった人」を分けていく。

恐怖は消えない。ただ、その恐怖を抱えたまま動き出した足だけが、次の景色を教えてくれる。

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