アムステルダムの床は、なぜ東京より速いのか

アムステルダムの床は、なぜ東京より速いのか

•

同じ8ステーションを走り抜けるはずなのに、ベルリンで記録した自己ベストがニューヨークでは出ない。マイアミの会場で感じた湿度の重さは、ロンドンの乾いた空気とまったく違う体感になる。HYROXは世界中の都市で同じルールで行われるが、会場の床の硬さも、外から聞こえる街の音も、観客の拍手のリズムも、すべて違う。

では、私たちが記録を競っているのは本当に「自分」だけなのだろうか。

Photo: Júlia Isanta Muñoz / Pexels

都市という、見えないレイヤー

HYROXの大会は世界70都市以上で開催されている。同じフォーマット、同じ距離、同じ種目。しかし、パリの会場はセーヌ川沿いの倉庫を改装したスペースで、香港の会場はビル群に囲まれた屋内アリーナだ。移動してきた距離、時差、前日に食べたもの、会場までの地下鉄の混雑具合。それらすべてが、スタートラインに立つ前の身体に刻まれている。

ある選手は言う。「アムステルダムでは自分が軽くなった気がした」と。理由を聞くと、運河沿いを走って会場に向かう道が平坦で、気持ちがフラットになったからだと。つまり、記録は会場の中だけで作られるものではない。都市そのものが、私たちの身体に何かを手渡している。

旅先で走ることの、意味

旅行先でわざわざ走るのは、どこか矛盾している。休むために移動したはずなのに、早朝に起きてシューズを履く。けれど、知らない街を走ることは、観光とは違う形でその場所を「身体に通す」行為だ。HYROXの大会に出るために飛行機に乗ることも、同じように都市との接続を変える。

コペンハーゲンで走った人は、会場の外で見た自転車の群れを覚えている。シンガポールで走った人は、夜の湿った熱気が肌に残っている。記録以上に記憶に残るのは、その都市が持っている「動き方」だ。それは、旅行ガイドには載っていない。

世界中で同じ競技が開かれているということは、どの都市にも「ここで動く理由」があるということだ。HYROXはその理由を、ひとつの床の上に集約させている。そしてその床は、毎回少しずつ違う。だから私たちは、また別の都市へ向かう。

ブログに戻る